勤め人の卒業

勤め人は資本主義社会が生み出した現代の奴隷

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私を含め、ほとんどの人はサラリーマンとして生計を立てています。このような人たちのことを、このブログでは「勤め人」と呼んでいます。

勤め人とはどういった人たちのことを指すのでしょうか。このことを改めて考えてみることで、自由とは何か、私たちはどうあるべきか、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。

勤め人は労働力を捧げて報酬を得る

勤め人とはどういった人たちのことを指すのでしょうか。

まず朝起きて、満員電車に揺られ、決まった時間に会社に出社します。

次に上司から言われた仕事をこなし、会社の方針に従った業務を実行します。

終業時刻を迎えるまでに仕事が終わっていなければ、残業をして業務を完了させます。仮に終業時刻までに仕事が終わっていても、勝手に帰宅することはほとんどできません。

仕事が終われば、再び満員電車に乗って帰路につきます。

このようにして1日を会社に捧げることにより、私たちは給与と言う名の報酬を手に入れます。

なぜ私たちは会社から給料もらうことができるのか。それは、私たちが労働力と言う商品を会社に提供しているからです。このような人たちのことを、資本主義社会では「労働者」と呼びます。

労働者が会社に提供しているもの、それは、私達の時間、体力、そして気力です。

この3つを会社に提供した後はただひたすら休息を取り、翌日の業務に備えるだけです。

これが労働者、すなわち勤め人の標準的な1日です。

勤め人は資本主義社会の奴隷である

私たちは、生まれた時から労働者として社会に参加することが当たり前のことだと無意識に刷り込まれています。

ましてや、労働者として1日を過ごした後は、体力だけではなく気力までも奪われています。自分の1日が、人生が、どういったものなのかを改めて考える余裕はありません。

しかし、ここで立ち止まってもう一度よく考えてみてください。勤め人として働く人生に、自由はあるでしょうか。

かつて、世の中には自由を奪われ、自分の意思によって活動することを制限されている人たちがいました。このような人たちのことを、「奴隷」と呼びます。

Wikipediaから引用してみます。

"奴隷とは
人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。
Wikipedia より”

このようにしてみると、勤め人として社会に属する私たちは奴隷と同じような身分であることに気づかされます。

奴隷制度は、非人道的な行為として社会から消え去りました。奴隷を解放したアメリカの大統領リンカーンは、その功績を長く讃えられています。

しかし、奴隷制度は現代にも根強く生き残っています。それが、資本主義です。

勤め人と言うのは、資本主義社会が生み出した現代の奴隷なのです。

自由をあきらめるのは家畜と同じこと

かつての奴隷は鉄の鎖でつながれ、逃げ出さないように監視されていました。

それに対して、私たち勤め人は物理的には拘束されていません。ところが、ほとんどの人は会社から逃げ出すことをせず、まるでプログラムされたかのように、毎日決まった時間に電車に乗り、会社に向かいます。

それはあたかも、見えない透明な鎖につながれているかのようです。

私たちの心を縛るには、仕事がなくなることへの恐怖心と、いくつかの形式的な就業規則だけで十分なのです。

逃げ出そうと思えばいつでも逃げられるのに、あえてそれをしない。その姿は、家畜の姿を思い出させます。

家畜はいつの日にか人間に殺され、バラバラに解体されてしまう運命にあります。それにもかかわらず、その場から逃げ出そうとすることを最初からあきらめ、それどころか毎日決まった時間に餌を食べることができることに、満足感さえ覚えいているように見えます。

多くの勤め人は日々の待遇に不平不満を言い、給料が少ないといっては文句をたれ、それでも朝が来れば決まった時間に会社に向かいます。その姿に家畜と同じものを見るのは、私だけでしょうか。

太った家畜か、やせたソクラテスか

かつて、東京大学の総長が「太ったブタになるよりも、やせたソクラテスになれ」と言ったそうです。

(このエピソードには面白い後日談があります。お時間のある方は、こちらの記事をご覧ください)

勤め人として社会に参加すると言う事は、日々の安定を得ることができることを意味します。ぶくぶくと家畜のように太る事もできるでしょう。しかし、そこに自由はありません。

私たち人間には、自分で考え、自分が意思で行動するという自由があります。家畜であり続けるかどうか決めるのは、その人次第なのです。

しかも私たちは、頭脳という強力な武器があります。知恵を絞り、先人に学べば、豊かで充実した人生を送ることができるのです。

太った家畜でもなく、やせたソクラテスでもなく、富と自由を手にしたソクラテスになることを目指しましょう。

まとめ

勤め人として日々の生活を送っていると、体力だけでなく気力までも奪われてしまいます。自分が一体どういう境遇に置かれているのか、冷静に考えることができなくなってしまうのです。

このブログを読んでいる皆さんは、ぜひいちど立ち止まって自分の人生を考えてみてください。

そして私と一緒に、勤め人を卒業するために何ができるのか考えていきましょう!

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